大学・教育機関向け
東京都立大学 理学研究科 助教
株式会社サイエンスグルーヴ 取締役
立木 佑弥 氏
2013年、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、京都大学ウイルス・再生医科学研究所の博士研究員を経て、2018年4月より東京都立大学理学研究科助教。株式会社サイエンスグルーヴの創業メンバー。(取材当時 2024年9月)

2020年4月、首都大学東京から名称変更をして誕生した東京都立大学は、都市の未来を展望して設計された公立大学だ。大学院も7研究科11専攻17学域ある総合大学でもあり、都内各所にキャンパスを設け、多くの学生が通い学んでいる。本大学においてもまた、アントレプレナーシップを学ぶことができるカリキュラムが存在している。立木氏は、このカリキュラムを運用しているメンバーのひとりだ。東京都立大学ではどんな目的で、どんなプログラムを実践しているのか、立木氏に話を聞いた。
海外に飛び出し、自発的活動を促す
東京都立大学では、17年前から大学院生向けの海外研修を行ってきている。参加者は修士過程を中心に博士過程までの学生が十数名程度、理学部や理工学研究科など複数の研究科から応募する。先輩から話を聞いてクチコミで応募する学生も多いようだ。本研修では、アメリカやシンガポール、マレーシアなど海外に実際に出向き、研究や自分が取り組んでみたいと思う科学技術をベースとした社会課題の解決策としてのビジネス提案など、自分自身の考えをプレゼンテーションする内容になっている。プレゼンテーションは事前研修を通して構築・練習を重ね、自分が会いたい人に対して自身でアポイントメントを取り付けてから渡航するためコミュニケーション力が求められるが、一方で、日本語は通じないことがほとんどのため、多くの学生が苦労する。
立木氏は参加する学生について「多くの学生が真面目な一方保守的ですが、海外研修に踏み切る学生は、少しだけここから抜け出ているように思います。チャレンジしたい気持ちが強いのかもしれません」と話す。とはいえ、学生の経験は浅い。パスポートを持っていない学生もいる中で、皆で揃ってチケットの手配を進めていく。英語もうまく話せない中で、自分の考えをまとめてプレゼンテーションをつくっていく。「最初のプレゼンは本当にダメなのですが、皆、最終的にはうまく伝わるものに仕上がっているんです」と立木氏は回想した。「研修を経て、学生たちは語学力とプレゼンテーション能力は別のものだと、非言語的ではあるけど、理解するようです」。


学生の能動性を触発する
研修では海外の研究者らとディスカッションするために、自身の研究テーマやその「目的」について事前にプレゼンテーションをまとめる必要がある。自分が何をしたいのかーー。研修のスタートは、良くも悪くもこうした曖昧なテーマから始まる。日頃の研究は何のために行っているのか、社会のどんな課題にアプローチしているのか。自分の研究が世の中にとって必要なことはわかるが、具体的に誰のためになる、誰が喜ぶものなのかを再考するようになる。伝えるべき相手をしっかりと想定し、具体化していかなくてはいけない。こうした自身の考えをブラッシュアップしていくプロセスでの学びは多く、博士課程に進学したり、最適なキャリアパスを描くという点においても価値があるものになる。実際に、研修を通して多くの学生に明らかな「変化」が生じている。ある学生は、応用化学分野で研究を重ねたが、最終的には商社に就職した。狭く深く探究するよりも、広く世界で活躍したいと考えたからだ。この他にも自発的に社会活動に乗り出す学生は多い。与えられた進路候補から選ぶのではなく、自身の優先順位や価値基準をもとに自ら道を切り拓く力が身に付くという点でもこの研修は価値があると言えるだろう。実は東京都立大学では、この研修を博士課程進学者数を増やすことを目的に実施してきた。博士課程に進学する意味を学生に伝えるとともに、博士号取得後のキャリアを考えさせるという点では、この研修をかなり重要なものとして位置付けているのだ。
「研究ばかりでない大学」へ
先進的とも思われるカリキュラムを実施している一方で、東京都立大学の体制や根幹を成すカリキュラムに大きな変化はないようだ。立木氏自身も、従来のカリキュラムの重要性を指摘し、基礎学力を高めサイエンスをとことん追求して欲しいと語っている。一方、今の学生には多様性があり、理学に進学したからといって生物が好きとは限らないとも話した。ベンチャー企業に興味を示し、あるいは企業のインターンシップに意欲的な人も増えている印象があるという。スマホの普及やSNSなどにより手軽に情報を入手して社会への接点をつくっていく学生も増えているのだ。そして、しばしばこうした学生が立木氏を訪れる。実は立木氏には、理学研究者とは別にもう一つの顔がある。ベンチャー企業の取締役という顔だ。その理由を尋ねると、立木氏は「人生のフェーズごとに理由があります」と語った。若い時はアカデミアでやっていくことだけが良いのかという迷いがあった。そもそも基礎研究はなかなか社会にリーチされない印象があったし、実際に理学部発ベンチャー企業はなかなか生まれないことから、まずは自分が始めてみたというのもある。今は、自身が取り組む理学の基礎研究をいかにして社会に繋いでいくかを考えながら事業を展開している。そして、事業で利益が生み出せれば、科研費以外の自由に使える予算を手に入れることができると考えているのだ。そんな立木氏は、訪れた学生に対して「何でもやってみればいい」と背中を押している。そして、人の紹介を求める学生には「調べてあげるから自分で行きなさい」と伝えている。東京都立大学の大学院を修了した学生の多くが今、自分の意志で進路を拓きアカデミアや企業など様々なフィールドに巣立っている。これは、海外研修など新しいプログラムを展開するだけでなく、環境の変化も影響しているようだ。それは、単にスマホなどの普及によるだけでない。大学内に起業しているアントレプレナー研究者がいて、身近にキャリアモデルのひとつを見ることができる。立木氏自身もそういった環境をつくる1人になっているのかもしれない。
(文・佐野卓郎)