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ディープテックベンチャーはいつ海外展開するべきか 【Global Bridge Conference2024 特別セッション第5部ダイジェスト】

世界の複雑な課題を解決するディープテックベンチャー。その中には事業成長のために、海外へ進出するベンチャーもありますが、現地法人の開設やクライアントの開拓など、取り組むべきことが数多くあります。本セッションでは、実際に海外へ進出した企業の事例を通じて、ディープテックベンチャーが海外進出する際に注意すべきポイントや、実際に進出したからこそ獲得できたノウハウを紹介します。※本記事は「Global Bridge Conference2024」(2024年12月10日開催)で実施したセッションを基に作成しました。

それぞれの事業領域で課題解決を目指す

平塚 このセッションは、「ディープテックベンチャーは“いつ”海外展開すべきか?」と題して進めていきます。

このテーマに対して、海外で事業を展開しているディープテックベンチャーの面々を招きました。株式会社イノカのCEO 高倉葉太さん、株式会社CASTの代表取締役社長 中妻啓さん、Zip Infrastructure株式会社の代表取締役 レボンキン・マリオ・イアン・カロス・フェリド(以下、マリオ)さんと、意見を交わしていけたらと思います。

ちなみに、私の自己紹介が遅れましたが、2024年7月まで経済産業省に勤め、通商戦略、地域政策などを担当。現在は独立系ファンドの一員です。ファンドの運用資産は約1.4兆円、お客様の規模は約140万人に達する非常に大きなもので、ベンチャーキャピタル(以下、VC)の運営も行っています。

本題に戻りまして、はじめに自己紹介と、どのような経緯で海外へ進出したのかを話してください。その後、進出にあたっての課題を共有していきましょう。まずは高倉さんからお願いします。

高倉 イノカの高倉と申します。我々は、サンゴ礁や藻場減少など海の深刻な状況を打破しようと、「環境移送技術」という水槽の中にサンゴ礁や藻場、マングローブ林など、様々な海洋環境を再現する技術を開発しています。

高倉 葉太 氏 株式会社イノカ 代表取締役CEO 東京大学工学部を卒業、同大学院暦本純一研究室で機械学習を用いた楽器の練習支援の研究を行う。2019年4月に株式会社イノカを設立。サンゴ礁生態系を都心に再現する独自の「環境移送技術」を活用し、大企業と協同でサンゴ礁生態系の保全・教育・研究を行っている。2021年10月より、一般財団法人ロートこどもみらい財団理事に就任。同年、Forbes JAPAN「30 UNDER 30」に選出。

これを鑑賞用ではなく、実験環境として提供していまして、資生堂さん、JFEスチールさん、商船三井さんなどに導入いただいています。

例えば、資生堂さんでは、日焼け止めクリームがサンゴに与える影響について調べるための実験環境として利用いただいています。近年、日焼け止めクリームに含まれる成分がサンゴに害があるのではないかと言われていて、ハワイやパラオではビーチでの使用が禁止されています。どの成分がどれぐらい悪影響を与えるのかが分かっていないので、ビーチに似た環境を水槽の中に作って、実証してみようと。そういった環境作りをお手伝いしています。

そして、我々はこの海の環境保全への取り組みを、しっかりビジネスとして成立させようと考えています。

平塚 ありがとうございます。次は中妻さん、お願いします。

中妻 CAST代表の中妻と申します。私たちは2019年に創業した、熊本大学発のベンチャーです。プロダクトは、化学プラントなどの製造設備に対するモニタリングソリューションです。

中妻 啓 氏 株式会社CAST 代表取締役社長 東京都出身。東京大学工学部計数工学科卒業、東京大学大学院情報理工学系研究科にて博士(情報理工学)取得。2012年熊本大学大学院先端科学研究部助教。2019年9月株式会社CAST共同創業・代表取締役就任。

化学プラントには多くの配管が設置されていますが、配管は使用するうちに腐食や摩耗が起き、事故のリスクが増してしまいます。こうした配管の様子を独自の超音波センサーによってモニタリングする仕組みが、当社の「配管減肉モニタリングシステム」です。

配管点検は人力だけで進めると、かなりのコストと時間がかかります。また、狭い場所、高温な場所などは点検が難しい。我々はプロダクトを通して、メンテナンスの省力化やコスト削減、利便性の向上を手伝い、製造業の課題を解決しようとしています。

平塚 ありがとうございます。Zip Infrastructureのマリオさん、お願いします。

マリオ 当社は、ロープウェイをベースにした『Zippar』という新型モビリティを開発しています。

レボンキン・マリオ・イアン・カロス・フェリド 氏 Zip Infrastructure株式会社 代表取締役 1997年フィリピンマニラ生まれ。10歳の時に来日。青山学院大学を卒業し、三菱重工業でゆりかもめなどの交通プロジェクトを担当。その後、Zip Infrastructure株式会社へ入社し現在は地元フィリピンの渋滞緩和をすべく、代表取締役COOとしてZipparの社会実装に取り組んでいる。

通常のロープウェイは、ゴンドラにロープがくっついていて、ロープを引っ張って移動する仕組みの乗り物です。一方、当社の『Zippar』の場合、固定されたロープに沿って、ゴンドラが自動運転で運行します。仕組みとしてはモノレールに近いんですけれども、従来のロープウェイに比べて、より安く、より簡単に導入ができるモビリティです。

東南アジアへの進出の狙い

平塚 皆さんは国内での事業と並行して、海外にも事業展開されています。それぞれ、どこに拠点を設けたのか。また、展開の狙いも聞かせてください。

モデレーター 平塚 敦之 氏 レオス・キャピタルワークス株式会社常務取締役(画像左) 東京大学法学部学士、ハーバードロースクール修士およびコロンビア大学国際関係学修士。1992 年通商産業省(現・経済産業省)入省後、通商戦略、地域政策、技術政策、ベンチャー政策、金融開示制度・税制、デジタル政策等経済産業政策を幅広く担当。2024 年8 月より現職。中長期目線での投資等戦略に従事。

高倉 イノカは子会社の「イノカアジア」を2024年7月にマレーシアに設立しました。狙いは、東南アジアの海洋保全にアプローチしていくため。フィリピン、インドネシア、マレーシアを囲い込む三角形の中には、「コーラルトライアングル」と呼ばれる、世界で最も多様な生態系を有する海があるんですね。

そこでは、何億人もの人がサンゴ礁に住む魚を食べて、自然と密接な関係を築いて暮らしている。ここに環境保全のソリューションを投下すれば、事業としてのインパクトは非常に大きいと考えています。

 

中妻 化学プラントは世界中どこに行っても、ある程度同じ方法で化合物を作っています。設備も各国で共通している箇所が多いので、保守点検のソリューションをそのまま様々な国へ展開できるんですね。そのため、当社は東南アジアでの事業展開を狙い、マレーシアにオフィスを構えました。

ゆくゆくは東南アジア全域に進出して行きたいと考えていますが、まずはマレーシアに「ペトロナス」という国営の石油会社があるので、そこにアプローチしていこうと。また、リバネスから海外進出のサポートを受けていて、現地企業との協業も進んでいます。

マリオ 当社は、私がフィリピン出身だということもあり、フィリピンに拠点を設け、マレーシアやタイにもアプローチをかけています。東南アジアには交通インフラが整備されていない国が多く、交通渋滞が大きな社会問題になっています。その解決に『Zippar』がハマるだろうと考えて、海外進出を決めました。

安全性の確保や法律の整備が必要なので、インフラテクノロジーは社会実装まで非常に時間がかかります。そのため、『Zippar』は、まだプロダクトが完成していない段階ですが、早いタイミングで様々な国に出向いて、提案を進めることにしました。現在はフィリピンでの活動を活発に進めていまして、2024年6月には、現地の公社と『Zippar』の導入について基本合意書を交わしました

進出してはじめて分かった「想定外の出来事」

平塚 海外進出においては、やはり想定外の状況やトラブルも発生したのではないでしょうか。こうした出来事に、どのように対応してきたのかを教えてください。

高倉 想定外だったことは、現地の人が、思っていた以上に環境保全に興味がないことでした。東南アジアにはすごく期待していたんです。沿岸部では人々がサンゴ礁で魚を獲って暮らしているので、きっと多くの人がサンゴ礁を大切に思っていて、我々も環境保全に関わる仕事がたくさんできるだろうと。

しかし、実際に足を運んでみると、日本以上にサンゴ礁への関心が薄くて……。特に環境保全の文脈では、現地の人に響かなかった。

日本では、カーボンクレジットなどを押し出していけば、企業や行政が「やりましょう」と協力してくれますが、東南アジアでは「サンゴを育てると、そこに住む魚が増えて、漁獲量が上がりますよね。だから環境を守りましょう」とプレゼンテーションをした方が喜ばれます。どれだけ実益があるかが重要なのだと知りました。

中妻 当社は、保守点検のソリューションをそのままさまざまな国へ展開できるので、良いプロダクトを作ってしまえば、すぐに他国へ進出できるだろうという仮説を立てていました。

もちろん、ローカライズは必要だという認識はありましたが、海外進出してみると、思っていた以上に環境が違っていまして。例えば、設備点検に使うセンサーの通信規格は、国ごとに政府が推進している規格があり、技術的にカスタマイズが必要になりました。ここは想像もできなかったというか、行ってみないと本当に分からなかったことです。

平塚 プラントの保安レベルについて、各国で基準が設けられていると思いますが、東南アジアではどうでしたか?

中妻 グローバルスタンダードになっているガイドラインがあり、東南アジアもその基準に沿っています。東南アジア各国はグローバルスタンダードを踏襲する傾向が強いので、ローカライズはしやすかったですね。

平塚 Zip Infrastructureはどうでしょうか?交通インフラに関わる領域なので、交通規則や法律など気にすることは多くなりそうですが。

マリオ ギャップを感じたのは交通データの精度です。『Zippar』は公共交通として使われることもあり、どこに駅を置くと、どのぐらいコストがかかり、年間何人の利用者が見込めそうかという調査をすることがあります。この時に参考にするデータが、日本と海外では精度が異なるんですね。

日本の交通データは、データを何に使うのか、用途を明確に定義してから調査されているので、非常に精度が高くて実用的ですが、海外だと精度が粗いものもありまして。例えば、明らかに利用者がまばらな駅に、データ上では年間1000万人の利用者がいることになっている、という事例もありました。

平塚 交通データは国によって調査方法が異なりますし、データそのものにアクセスできるかできないか、という問題もありそうですね。

進出を後押しするのは「早めの合意形成」

平塚 海外進出は大きなコストがかかる意思決定です。例えば経営資源の制約を理由にステークホルダーから反対されるなど、海外進出にあたりハードルになったことや、進出してみて直面した課題はありますか?

中妻 当社VCや事業会社から資金調達をしていますが、海外進出にあまり反対意見はありませんでした。というのは事業計画書に海外進出について書いていたので、合意形成ができていたんです。

そもそも、製油所って日本に20カ所しかないんです。日本だけでは市場が狭いので、「ノウハウが横展開できるなら海外にも進出した方がよい」という認識は、繰り返しステークホルダーと共有してきました。

マリオ 当社も、製品の特性上、海外の方が受け入れやすいと認識されています。また、CASTさんと同じように、事業計画にも海外展開を明記しているので、合意形成ができている状態でした。政府からの補助金も獲得していますが、その申請時にも海外展開を明記し、むしろ補助金事業の一環として海外進出する必要がある状況を作っているという感じです。

平塚 たしかに、海外進出前から合意形成できていればハレーションも起きません。そうした根回しも大切なんですね。高倉さんはいかがですか。

高倉 我々の場合は、平均年齢28歳と若い会社のため、マネジメントの仕組みなどまだ整備中の段階です。そのような状況で海外に子会社を設立し、文化が違う人たちをマネジメントすることが本当にできるのかという指摘は受けました。また、「ベンチャー企業の定石として、日本でニッチなポジションを獲得しきってから、海外に挑戦してもよいのでは?」という意見もいただきました。

そういった意見も参考にさせてもらいつつ、「やはり海外に進出するならこのタイミングしかない」と思い、進出を決断しました。正直、戦線を拡大しすぎたと感じたこともありますが、幸いなことに大怪我はしていません。己の力量を知る良い機会になりましたし、実際に進出してみなければ得られない貴重な一次情報を知れたことは大きな収穫でした。

平塚 海外進出はある程度リスクが伴うことです。想定外のトラブルが起きても大怪我をしないように行動しながら、それを学びにしていく姿勢は大切ですね。 

ディープテップベンチャーが本当に欲しいサポートとは

平塚 次の質問です。民間企業のサポートや各省庁の支援など、進出支援にはさまざまな形があります。実際に海外に挑戦してみて「これから海外進出する人のために、こういったサポートがあればいいな」というアイデアがあれば教えてもらえますか。

高倉 私は事務手続きのサポートは不可欠だと思います。海外の子会社を設立する際に、どんな書類が必要で、どんな手続きをすればいいのか、全然分からないわけです。そういう意味では、当社はリバネスさんに手伝っていただき、とても助かりました。手続きが漏れることもあるので、必要な事務手続きや現地でやるべきことを教えてもらえると、とても助かると思います。

中妻 2点ありまして、ひとつめは「特定領域の規制に詳しいパートナー」です。私たちのような領域特化型のビジネスは、特定産業の規制や法律に考慮しながらプロダクトを開発していかなければいけません。そういった規制や法律に詳しい官庁や組織とタッグを組めたら、もっとスムーズに事業が進められそうだと感じています。

ふたつめは「契約締結のサポート」です。日本と海外では、契約まわりの習慣がかなり違います。例えば、法整備が比較的充実していない国では行政の裁量が大きいので、契約締結時は準拠法の設定など気を付けて進める必要があります。そういった契約まわりのティップスの共有などがあれば、安心して海外進出ができるのかなと思います。

マリオ 私は「シード段階でも受けられるサポートメニュー」が欲しいと思いました。ベンチャーに向けた海外進出支援のほとんどは、ある程度プロダクトが形になり、実績がある状態でないと受けられません。アイデアはあるけどプロダクトがない状態、それこそシード期にあたる段階でも、海外進出の支援や、補助金が受けられる制度があればいいなと思っています。

というのも、当社が扱うモビリティ領域では、プロダクトが完成するまでにどうしても時間がかかります。実際にクライアントに製品を使ってもらい、現地向けのチューニングをするまでにタイムラグができてしまうんです。

当社ではプロトタイプを早い段階で海外に持っていき、クライアントに意見をいただいていますが、その前段階から海外のニーズを拾えたら、開発にも活かしやすいのに、と思っています。

平塚 実際に進出された皆さんの話は参考になりますね。ベンチャーの海外進出を支援する方々にはぜひ、リアルな活動報告を汲み上げながら、サポートプランを形作ってほしいと感じました。

海外に出なければ見えてこない「一次情報」の価値

平塚 終了の時間が近づいてきましたので、最後に、これから海外進出されるベンチャーに向けてアドバイスをお願いします。

高倉 進出のタイミングはやはり真剣に考えた方がいいと思います。事業のフェーズや世の中の動きを踏まえ、日本である程度地盤を固めておくのか、逆に海外にチャンスがあるからすぐに行動した方がいいのか。

当社の場合、環境保全の意識が世界で徐々に醸成されてきて、これからようやく東南アジアに浸透していくことを考えると、タイミング的には間違っていなかったのだろうと思っています。今、マレーシアの大学では、学生の研究トレンドがむちゃくちゃ環境保全に寄っているんです。「海藻から成分を抽出して活用するんだ」と活動している研究者たちがたくさん現地にいるので、巻き込んでいくチャンスだと考えています。

平塚 中妻さんはどうでしょうか?

中妻 とにかく一次情報を取りに行くことが重要だと思います。ちょっとしたマーケティングリサーチみたいなノリでもいいので、海外で得た一次情報は、後々すごく役立つはず。

CASTは、状況によって海外事業から撤退する可能性も視野に入れています。しかし、もし撤退しても、それは無駄にはならないと考えているんです。進出のプロセスや、必要だったリソース、うまくいかなかった要因などの情報を持っていると、次に出資を受けるときの事業計画にも説得力が増すと思います。

平塚 さきほど高倉さんが話していた「想定外のことが起きても、大怪我をしないように行動し、それを学びに変えていく」という話につながりますね。とにかく海外に出てみて、そこで知る一次情報がすごく大事なんだと。

マリオ その点で言えば、当社はもう少し早く海外展開してもよかったのかなと思っています。もし痛い目に遭っても、いち早くマーケットに対する知見を得ることはプラスに働きます。もし海外がダメなら国内に集中するという選択もありますから。

平塚 これは海外進出に限った話ではないのですが、事業をはじめて間もないベンチャーはどうしても想定通りに進まないことが多いと思います。大怪我をすると立ち直れないので、怪我を防ぐクッションのような存在があれば、ベンチャーが挑戦しやすくなるのではと思いました。

Global Bridge Conferenceは、ベンチャーの悩みや活動事例を知る良い機会になりますし、集まった事例を整理して集合知にしていけば、クッションのような役割を担えるようになると思います。

イノカの高倉さん、CASTの中妻さん、Zip Infrastructureのマリオさん、今回は貴重なお話をありがとうございました。

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